インタビュー

南極観測に見る明日国立極地研究所・所長 白石和行氏

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2013年1月11日 南極観測船「しらせ」は2季連続、昭和基地接岸を断念した。
まもなく第53次越冬隊と第54次夏隊が帰国する。
困難を強いられつつ進める南極観測について極地研所長に聞いてみた。

編集部

昨年に続き今年も昭和基地への接岸を断念しましたが、接岸はなぜむずかしいのですか?

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白石

昭和基地に「しらせ」が着くまでの氷の海は、定着氷域と浮氷域、2つの区域に分けられます。
浮氷域には海氷の破片や氷盤が海面にプカプカ浮いています。
定着氷域とは海岸から沖合に張り出した海氷が、1年以上にわたって保たれている海面。
何年かに1度、割れて流れだし浮氷域になります。
その定着氷がここ7~8年、昭和基地から70~80kmくらい沖合までずっと広がっているんです。
去年測ったら、厚いところで氷の厚みが8m。
6mが氷で、その上に2mの雪が積もっている。
砕氷船「しらせ」は、そんな厚い氷を割るようにはできていないんですね。
もちろん3年前にできた新「しらせ」は、ロシアの原子力砕氷船を除けば世界最強です。
それでも、その厚い氷を割るのは大変なんです。

編集部

私たちの認識が低いのでしょうが、接岸って当たり前のことと思っていました。

白石

どうも海氷の発達に周期性があって、氷の厚い時期があって、その後1度定着氷が剥がれることがある。
一旦剥がれてしまうと、また厚くなるのに時間がかかりますから、しばらく氷が厚くなっていく時間があって、また剥がれる。
それが10数年から20年くらいの周期のように見えるんだけれども、まだ南極観測が始まって50年でしょう?
10数年の周期といったって、まだ2~3回の経験しかない。だからよくわからないです。

編集部

接岸できなくて去年は雪上車を使ったそうですが、今回はどうされたのですか?

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53次越冬隊と54次夏隊の帰国

白石

2年連続で接岸できなかったことは本当に痛手です。
今年は約1124トンの物資輸送が計画されていましたが、実際には約671トンに留まりました。
それでも、1年以上の基地の運営を可能にする燃料や食料、観測機材などが運べるので安全に越冬できます。
ただ、海の氷が不安定であったため、新たな雪上車や風力発電機などの大型物資は氷上を輸送することができず断念しました。
燃料はヘリコプターに積める大きさの金属タンクに小分けにして何回もピストン輸送しました。
夏は基地の整備をする時期ですが、必要な資材が届かなかったので延期した計画もあります。そのために派遣された隊員には申し訳ないことです。
昨年、最後の屋根部材が運べず断念した建物だけはなんとか完成させることができました。

編集部

定着氷に一定の周期があるとおっしゃいましたが、つまり今後もこのような状態が続くと輸送は困難で、越冬のための物資輸送に終始することもある‥‥?

白石

厳しい海氷状況はまだ何年かは続くとみられています。
が、南極の自然現象はまだまだ予想が難しいです。
以前、真冬に海氷が大きく流出したことがありました。
そうした中で、越冬隊はできるだけ規模を縮小し、越冬中に必要な物資を減らすことにしました。
越冬隊の設営隊員の負担が増えないように工夫が必要ですが。
でも、その分、野外観測など夏隊の観測計画は充実させるつもりです。

編集部

海上自衛隊が保有するヘリコプターが1機になってしまって、それを補うために極地研で1機チャーターしている状態が現状。 先日、文部科学省が補正予算で南極観測のためのヘリコプターを1機調達するという報道を見ました。

白石

3機目のヘリコプターの追加はとてもありがたいことです。
これで常時2機は南極に派遣できる体制が整います。
ただ、そのヘリコプターが配備されるのは4~5年先のことですので、それまでの間、どうやって物資を安定的に輸送するか、それが問題です。
今も言ったように、厳しい海氷状況はまだ何年かは続くとみられており、大型物資や大量の燃料の輸送は依然困難です。

編集部

そんな先の話なんですか。世の中には「まだ南極観測?」と言う人もいますよ。

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白石

そうですね。
「50年も南極観測していてまだやることがあるのか」って厳しい質問をされることありますけれど、50年って本当に短いですよね。

編集部

地球が生まれて46億年ですものね。極地研の先生方はいつもそのスケールでお話されるので、とても楽しいです(笑)。

白石

46億年のうちの50年なんて言ったら、本当に短いですからね。
気象観測を毎日毎日やっていますけどね、50年分のデータじゃ何もわからない。
今、昭和基地が寒くなっているのか、温暖化しているのか、変わらないのか、それすらもはっきりとはわからないのが現状です。
南極の内陸にあるドームふじで氷床コアを採取したでしょう?
その一番古いところの氷は72万年前のものなんですが、氷から72万年間の温度変化を調べて、氷期であるとか間氷期であるとかっていうことがわかってきたんですよ。
我々が相手にしている自然は日々変化しますが、長い周期の現象は地道にデータを積み重ねないとわかりません。

編集部

南極観測も進歩して、最近は飛行機で行けるんですよね?

白石

そうですね。
南極へ飛行機で人を送り込めたらいいなと思いますよね。
昭和基地は滑走路がないから、ソリを履いた飛行機で長い距離が飛べるもの、あったらいいなと。思うことは外国の人たちも同じでね、だったら一緒にやりましょうということで、主にヨーロッパの国の方たちと航空ネットワークを作ることを進めて来たんですよ。

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本山秀明先生(右)

編集部

伊村智先生や本山秀明先生が今回使った‥‥。

白石

そうです。
今年は新しい基地を作る調査もしています。
以前採取した氷床コアは3035mだったでしょ?
底は72万年前の氷です。
でも、岩盤に到達するまで掘れなかったのは、底の氷が融けていたからなんです。

編集部

融けていなかったら、もっと古い氷が得られたかもしれない?

白石

そう。
で、ドームふじの近くに、底まで凍り付いているところがあるとわかったんです。
ここならもっと古い氷があるかもしれないからそこに将来の掘削基地を移そうということで、今回、本山君たちが現地調査をしに行ったんです。

編集部

72万年より古いともっとわかることが増えるんですね。

白石

うん。
実は78万年くらい前に、地磁気が逆転したんです。

編集部

へ?

白石

地球って磁石でしょう。
地球の歴史上、そのS極とN極が反対だった時期が何回もあるんです。
最後の逆転が78万年前。その地磁気の逆転を境に地球の気候や環境の変化を示す証拠が得られたら‥‥。

編集部

面白いじゃないですか!

白石

新しいドームふじ基地で狙っていることはもう1つ。
宇宙ね。

編集部

宇宙?

白石

天文台を作りたいんです。
普通の光学望遠鏡ではなくて電波望遠鏡を置いた天文台を作りたい。
これは世界中の天文学者が考えていることです。
南極ならどこでもいいわけではない。
ある程度高くないといけないから、ドームふじは3800mで、天文台としてはいい条件をいっぱい揃えているんですよ。
空気が乾燥していること、それから晴天率が高い。
北半球じゃ見えない空が見えるしね、いろいろな利点があって、南極で天文観察というのは実はもう始まっているんです。

編集部

どこかの国がやっているんですか?

白石

アメリカが極点基地に大きな望遠鏡を置いています。
でも極点基地って標高が低いんです。
ドームふじより標高が高い有利なところはドームA。
そこはもう中国が抑えていて、中国もそこに望遠鏡を置こうとしているんです。
競争ですよ。

編集部

南極は最初から競争でしたよね。

白石

まあ、競争もあるし国際協力もありますね。

編集部

新しい基地のイメージは? ウエブでそりを履いた基地の写真を見ましたよ!銀河鉄道みたいでした。

白石

イギリスの第4ハレー〈Halley Ⅳ〉基地ですね。
あの基地は積雪の多い沿岸部に建てられて、雪に埋もれないように、移動式、つまり埋まりそうになったら別の場所にブルドーザーで 引っ張っていけるようになっています。
内陸のドーム基地は不安定な雪の上に建てるので、沈下しないようにしっかりした基礎が必要ですし、もちろん低温対策、省エネ対策、そして環境対策が重要です。
まだ建物の外観は決まっていませんが、いくつかの案はあります。
また、将来天文観測のための望遠鏡が設置されると、まるで月面基地のような様相になるのではないでしょうか。