インタビュー

南極観測に見る明日国立極地研究所・所長 白石和行氏

2013年1月11日
南極観測船「しらせ」は2季連続となる
昭和基地接岸を断念した。
昭和基地まで後18キロの地点だという。
このことがどれだけの意味を持つか、
えくてびあんが2012年年末に
国立極地研究所 白石和行所長にお話をきいた。

(インタビューは2012年12月26日)

昭和基地への接岸は?

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編集部

昨年に続き、今年も接岸を断念せざるを得ないのでは?という声が聞こえますが、接岸はなぜむずかしいのですか?

白石

昭和基地に「しらせ」が着くまでの氷の海は2つの区域に分けられます。定着氷域と浮氷域です。浮氷域には海氷の破片や氷盤が海面にプカプカ浮いています。氷の密集度はさまざまです。定着氷域とは海岸から沖合に張り出した海氷が1年以上にわたって保たれている海面。何年かに1度、割れて流れだし浮氷域になりますが、その定着氷がここ7~8年、昭和基地から70~80kmくらい沖合までずっと広がっているんです。

編集部

その厚みというのは?

白石

去年測ったら、厚いところで8m。6mが氷で、その上に2mの雪が積もっている。砕氷船「しらせ」は、そんな厚い氷を割るようにはできていないんですね。もちろん3年前にできた新しい「しらせ」は、ロシアの原子力砕氷船を除けば世界最強です。それでも、その厚い氷を割るのは大変なんです。

編集部

「しらせ」は体当たりで氷を割るんですよね?

白石

そうです。ラミングというのですが、体当たりで航路を拓くんです。船の重みで氷を割るんですが、氷の上に2mも雪が積もっているでしょう? 体当たりしてもふわぁっと沈んでしまって、重みのショックが氷まで伝わらないんですよ。

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今回のラミングの様子

本来ならば浮氷帯をスーッと行って、定着氷に突っ込んでからはラミングしながら、100km足らずの距離なんですが、進んでいくわけですよ。去年はその前に浮氷帯で大きめの氷盤の中に捕まってしまった。そこから抜け出すのに2週間くらいかかった。1月の中旬くらいまでラミングしながら接岸を目指したんですけれど、それ以上やっていると燃料と時間がなくなって今度は帰るのに危なくなってしまうので、そこで諦めて雪上車で物資を運んだんです。今年はまだその場所まで着いていないのでわかりませんが、去年より3週間くらい速いペースで進んでいるので、このまま今のペースで行けば、と思っているんですがね。今のペースといっても1日1500mくらいですが。

編集部

1回の体当たりでどのくらい進めるんですか?

白石

氷の厚さによりますが、今日あたりは10mくらいかな。

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編集部

じゃ、いったい何回体当たりするんですか?

白石

去年は往復全部で4231回しました。
だから笑い話でよく言うんですが、ラミングしている「しらせ」の横をペンギンがトコトコ歩いてくるでしょ? ペンギンに「しらせ」が抜かれちゃうんですよね(笑)。
「しらせ」はバーンと体当たりして下がる。また体当たりして下がる。
1回の往復に20分くらいかかって10mしか進まない。
ペンギンは抜いて行っちゃいますよね。

接岸するのが当たり前と思っていましたが‥‥

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編集部

今回もそこにその定着氷はあるわけですよね?

白石

あります。でも前回との違いは、昭和基地の11月の天気がよかったこと。2011年は11月に雪がいっぱい積もってしまたんです。今回は11月に雪が積もらなかったので、冬の間の雪は多いんだけれども順調に融けてくれています。ここに(所長室にある昭和基地のモニター画面)見える昭和基地も、だいぶ泥が見えていますからね。数年前だったら、もうこの時期には真っ黒ですよ。それに比べると、まだ雪が見えていますねえ。

編集部

私たちの認識が低いのでしょうが、接岸って当たり前のことと思っていました。前回のように接岸できないというのは、過去にもあったのでしょうか?

白石

「宗谷」の時代は大変でした。「ふじ」の時代になっても昭和基地にたどり着いたのは数える程しかない。「先代「しらせ」」になって24回。その間に1回だけたどり着かなかった。あとは全部成功しています。今度の新しくなった「「しらせ」」はもっと性能がいいわけですからね。

編集部

昭和基地に接岸できて当然と思われますよね。

白石

どうも海氷の発達に周期性があって、10年くらい氷の厚い時期があって、その後1度定着氷が剥がれることがある。一旦剥がれてしまうと、また厚くなるのに時間がかかりますから、しばらく氷が厚くなっていく時間があって、また剥がれる。それがどうも10数年から20年くらいの周期のように見えるんだけれども、まだ南極観測が始まって50年でしょう?10数年の周期といったって、まだ2~3回の経験しかない。だからまだわからないです。

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編集部

接岸できなくて前回は雪上車を使ったそうですが、雪上車を使えないと輸送はどうなるんですか? 飛行機ですか?

白石

飛行機での大量輸送は難しいです。やっぱり輸送は船です。「しらせ」は基本ですよ。アメリカだってどこだって、輸送は船です。第一、飛行機を飛ばすにしてもその燃料は船で運ばなきゃならない。

編集部

じゃ、「しらせ」が接岸できるかできないかというのは深刻な問題ですね。

白石

その通りです。
昭和基地に補給する手段は他にはないわけですから。年に1回の補給船です。

ヘリコプターって1機だけ?

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編集部

先日、物資の一部がヘリコプターで昭和基地に届いたってニュース見ました。

白石

うん、あれは第1便と言って、船が接岸するまでにはまだ時間がかかりますから、とりあえずヘリコプターが飛べる距離になったら一刻も早く越冬隊員に、お土産(笑)、いわゆる第1便ですが、新鮮な野菜とか生卵、家族の手紙などを届けるんです。

編集部

観測隊員のOBの方たちが、この第1便の嬉しさをよく語ってらっしゃいますね。

白石

そりゃうれしいですよ。みんな興奮状態です(笑)。1年ぶりの日本からの荷物ですからね。特に生鮮野菜はうれしいですよ。

編集部

先日新聞で、ヘリコプターが2機あったのが1機になったという記事を見たんですが‥‥。

白石

うん。そうですね、「しらせ」の大きな格納庫にあるヘリコプターですね。「しらせ」と同じように海上自衛隊が管理している輸送用のヘリコプターです。「しらせ」が必ずしも接岸できるわけではないという考えから、物資輸送のために大きめのヘリコプターを積んでいるんです。

編集部

過去を踏まえての備えなんですね。

白石

それはね、第1次越冬隊(西堀栄三郎越冬隊長)を迎えに行った第2次隊は、観測船「宗谷」が昭和基地に近づけなくて、彼らは小さなセスナ機で、何度も往復して人間だけピックアップした。タロ、ジロの話はご存知でしょう。だから第2次隊は越冬なしです。できなかったんです。第3次隊が行く時に、もしかしたらまた「宗谷」が近づけないんじゃないかと、当時は海上保安庁でしたが、それならば物資の輸送用ができるヘリコプターを持って行こうということで、その時からヘリコプターを2機必ず持って行くことにしたんです。

編集部

2機なんですね?

白石

1機だけだと何かあった時に困るから必ず2機。それは第3次隊から、「宗谷」の時代、「ふじ」の時代、先代の「しらせ」の時代、ずっとそういうことになっていました。それが突然2年前に「2機は持って行けません」と。

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編集部

いや、それはないでしょうということになりますよね。2年前と言ったら、ちょうど今の「しらせ」」に替る時?

白石

替った時。49次隊まではちゃんと2機あったんです。船のリタイアとヘリコプターのリタイアが重なっちゃったということですね。国にしてみれば大変な物入りですよね。

編集部

う~ん。それはそうですが‥‥。

白石

「先代しらせ」の時には、南極観測用ヘリコプターは3機あった。3機あればローテーションで、常に2機は南極に、1機は日本にあるわけです。日本にある1機で、次に南極に行くパイロットの訓練をしたり、持って行くはずの2機のうち1機に不具合がでればパッと取り替えられる。自衛隊としては3機持っていたいんです。ところが予算がなくて2機しか買えなかったんです。飛行機はみんなそうなんですが、一定期間を過ぎると大掛かりな点検があるんです。その点検は何ヶ月もかかるので、何年かに1回は南極に行く時期に重なってしまうわけです。

編集部

はあ‥‥。

白石

それでもね、何年かに1回くらいならしのげるんではないかと思っていたんですが、困ったことにスペア部品が充分じゃないんです。それがやはり予算がなくて、自衛隊の希望する100%を備えることができていない。ということで、2機修理することができなくなったんですよ。とにかく1機しかない、という状況になったんです。

編集部

でも、それじゃあ、先ほどからお話されているように、南極で何かあったらどうするんですか?

白石

そうです。1機だけの運用というのはあり得ないんです。たまたま極地研で観測用に1機チャーターすることになったので、何かあったときの救援用も兼ねることができました。

編集部

え? じゃ、もう2年もその態勢なんですか?

白石

そうです。

南極観測について、「まだやるの?」という意見があります

編集部

世の中には「まだ南極観測?」と言う人もいます。

白石

そうですね。「50年も南極観測していてまだやることがあるのか」って厳しい質問をされることありますけれど、50年って本当に短いですよね。

編集部

地球が生まれて46億年ですものね。極地研の先生方はいつもそのスケールでお話されるので、とても楽しいです(笑)。

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白石

46億年のうちの50年なんて言ったら、本当に短いですからね。気象観測を毎日毎日やっていますけどね、50年分のデータじゃ何もわからない。今、昭和基地が寒くなっているのか、温暖化しているのか、変わらないのか、それすらもわからないです。
南極の内陸にあるドームふじで氷床コアを採取したでしょう? その一番古いところの氷は72万年前のものなんですが、氷から72万年間の温度変化を調べて、氷期であるとか間氷期であるとかっていうことがわかってきたんですよ。我々が相手にしている自然は日々変化しますが、長い周期の現象は地道にデータを積み重ねないとわかりません。

南極観測も50年で進歩したと思いますが、それでも危ない?

編集部

日本の南極観測50年の歴史で、大きな事故や遭難はほとんどない。これってすごいことなんですよね。

白石

それでも1名の遭難者を出してしまった。極地研ライブラリーってご存知ですか? この本(「極限の雪原を超えて―わが南極遊記ー」)は出版されたばかりなのですが、著者である木崎先生が第4次隊で行かれた時にその遭難があったので、詳しく書かれています。外国隊に比べれば確かに遭難や大事故は少ないけれど、それは今までが幸運だったんですよ。

編集部

私どもも夏訓練に参加させてもらったことがありますが、座学で何度も危険と言われました。いまだに何が起きるかわからないんですよね。

白石

それはずっと変わらない。私も何回も南極へ行ったけれど、それは個人のわずかな経験ですよ。だから訓練では特に経験者に対して言うんですが、2回めだから、3回めだからと油断しないでくださいねと。わずかな成功体験で、全部自分が知っていると思ったら大間違いだと。本当に、行く度に新しい経験をしますからね。山登りも同じですが、いつも最悪のことを考える。

編集部

進歩といえば、最近は飛行機で行けるんですよね、南極。

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白石

そうですね。南極へ飛行機で人を送り込めたらいいなと思いますよね。昭和基地は滑走路がないから、ソリを履いた飛行機で長い距離が飛べるもの、あったらいいなと。思うことは外国の人たちも同じでね、だったら一緒にやりましょうということで、主にヨーロッパの国の方たちと航空ネットワークを作ることを進めて来たんですよ。

編集部

航空ネットワーク?

白石

昭和基地の西側の方にヨーロッパの基地がたくさんあって、そこの人たちと、南アフリカのケープタウンから大型の飛行機に乗って来て、南極でその飛行機が着陸できる国の基地を中心に、そこからソリを履いた小型の飛行機で各国の基地に人を運ぶんです。南極観測50周年の時に本吉副所長がリーダーになって、毛利衛さん、立松和平さん、今井通子さんたちがその飛行機で昭和基地を訪問しましたよね。

編集部

伊村智先生や本山秀明先生が‥‥

白石

そうそう。今行ってますよ。ドームふじで2回掘削しましたでしょ? その2回めは越冬しないで夏期間だけでやろうということで、このルートを使って飛行機で行きました。もし病人が出たとしてもすぐケープタウンまで運べますからね、ずいぶん頼りになりますよ。ただし夏の3か月くらいの間だけですけれどね。そういう面ではすごく変わりましたね。

今回のドームふじでは?

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編集部

本山先生は今回もドームふじに行かれているんですか?

白石

行ってますよ。また行ってます(笑)。今年は新しい基地を作る調査もしています。ドームふじ基地の近くなんですけどね。

編集部

すごいですね!

白石

以前採取した氷床コアは3035mだったでしょ? 底まで掘って72万年前の氷を取り出した。でも、岩盤に到達するまで掘れなかったのは、底の氷が融けていたからなんです。

編集部

融けていなかったら、もっと古い氷が得られたかもしれないんですね?

白石

そう。で、ドームふじの近くに、底まで凍り付いているところがあるとわかったんです。ここならもっと古い氷があるかもしれないからそこに将来の掘削基地を移そうということで、今回、本山君たちが現地調査をしに行っているんです。

編集部

その氷が融けているのは温暖化と関係ないんですか?

白石

これは関係ありません。氷床底面の氷が融ける原因は、地熱です。氷の下の岩石に含まれる放射性元素が出す熱なんです。その熱が伝わって来て上にある氷を融かす。

編集部

ドームふじの近くってだいたい場所はわかっているんですか?

白石

ちょうど2007-2008 年の国際極年のプロジェクトとして藤田(秀二)君のチームがスウェーデンのチームと一緒に昭和基地からドームふじ基地を超えてスウェーデン基地まで2800kmの大トラバースをして、その途中の氷床の厚さや内部の氷の構造を電波で調べたんです。
そこで、南極氷床の下の方の氷の様子が広範囲にわかったんです。それで氷床の底面が融けていないところに新しい基地を作って氷を掘ろうと。そうしたら世界最古の100万年前の氷が採取できるかもしれない。地質学的な時間感覚でいうと、現在の地球は比較的温暖な時期、つまり間氷期ですが、これまでの氷床掘削で得られた氷の保持している温度記録から、約10万年間隔で間氷期が起きているようです。その変動がさらに古い時代からあったのか確かめられるわけです。

編集部

100万年だと72万年よりもっとわかることが増えるわけですね。

白石

うん。実は78万年くらい前に、地磁気が逆転したんです。

編集部

へ?

白石

地球って磁石でしょう。地球の歴史上、そのS極とN極が反対だった時期が何回もあるんです。最後の逆転が78万年前。その地磁気の逆転を境に地球の気候や環境の変化を示す証拠が得られたら楽しいでしょう?

編集部

面白いじゃないですか!

それから宇宙!

白石

新しいドームふじ基地で狙っていることはもう1つ。宇宙ね。

編集部

宇宙?

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白石

天文台を作りたいんです。普通の光学望遠鏡ではなくて電波望遠鏡を置いた天文台を作りたい。これは世界中の天文学者が考えていることです。でも南極であればどこでもいいわけではない。ある程度高くないといけないから、ドームふじは3800mで、天文台としてはいい条件をいっぱい揃えているんですよ。さらに南極がいいのは空気が乾燥していること。それから晴天率が高い。北半球じゃ見えない空が見えるしね、いろいろな利点があって、南極で天文観察というのは実はもう始まっているんです。

編集部

どこかの国がやっているんですか?

白石

アメリカが極点基地に大きな望遠鏡を置いています。でも極点基地って標高が低いんです。ドームふじより標高が高い有利なところはドームAってあるんですが、そこはもう中国が抑えていて、中国もそこに望遠鏡を置こうとしているんです。もう競争ですよ。

編集部

南極は最初から競争でしたよね。

白石

まあ、競争もあるし国際協力もありますね。

最後は、人!

編集部

天文台作って、越冬する人はどうするんですか? ものすごくきついじゃないですか。

白石

きついですよ。天文学者たちは越冬したいと言っていますから、それを実現させるためには、極地研究所がよほどサポートしなきゃいけない。現状ではまだその態勢は不十分ですから、これからもっと人も技術も育てなきゃいけない。

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編集部

新しい基地のイメージは?

白石

僕のイメージとしては宇宙ステーションか、月面基地か、火星基地か。条件が似ているでしょ? 外界から切り離されていて、基地が独立している。基地の機能は月面基地やロケットなどと同じで、その空間の中で全てを完結させなければならない。エネルギ―、水、すべて閉鎖社会ということでは、宇宙とよく似ています。

編集部

実際にはたくさんの人が行くとは思えないので、相当能力の高い人が要求されますよね。

白石

間口の広い人で、しかもスペシャリストね。難しいと思うかもしれないけれど、日本の将来も同じですよ。人が大事です。

編集部

少子化ですからね。立川から南極観測隊に応募してくれるといいんですけどね。極地研のある日本で唯一の街なんだから。

白石

そうですね。期待しています。

そして北極も

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編集部

一方で極地研には北極観測センターも置かれています。

白石

日本中に300人くらい北極の研究者がいるんです。国がその北極の研究を組織的にやりましょうということで、2011年から2015年までの5カ年計画で始めたのがGRENE北極気候変動研究事業なんです。そのお世話役をするのが極地研。年明けの1月中旬に日本科学未来館で国際シンポジウムを開催しますので、そこではこのプロジェクトの最初の成果が示されるでしょう。

編集部

この北極の研究は経済に密接につながっているとうかがいました。

白石

北極の気象は中緯度にある日本の気象に影響を与えていますからね。また、北極の氷が減少していることから北極航路を利用するとなると、海氷分布の予測研究も求められます。

編集部

こちらの成果も楽しみですね。では次回は北極のお話ということで、よろしくお願いします。

資料写真提供:国立極地研究所