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インタビュー

『陽明文庫展』
――国宝の魅力を担当する面白い先生たち国文学研究資料館 機関研究員
学術企画連携部 展示企画室 中村健太郎氏
国文学研究資料館 研究部 准教授 海野圭介氏

陽明文庫は旧公爵近衛家に長年にわたって伝襲した、大量の古文書および古典籍、ならびに若干の古美術工芸品を一括して保存管理している、特殊な歴史資料館である。
京都市内の西北、嵯峨野にもほど遠からず、双ヶ丘や桜で有名な御室仁和寺に隣接する勝景の地宇多野、その一段奥まった山ふところの幽境に、高床式鉄筋土蔵造りの書庫二棟、事務所棟、さらには百二十余坪の数寄屋建築の閲覧集会所と、そのいずれもが国の登録文化財である施設を構えている。

(「陽明文庫の沿革 (名和修陽明文庫文庫長)」より抜粋)

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国文学研究資料館 機関研究員
学術企画連携部 展示企画室
中村健太郎さん
国文学研究資料館
研究部 准教授
海野圭介さん
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編集部

今回の陽明文庫展は何がメインですか?

中村

陽明文庫の中から歌合(うたあわせ)にしぼって、展示期間を三期に分けて、あるものを全て展示しようと思っています。全部というのが一つの目玉です。分量が多いのでまとまって展示する、一同に並べるっていうことは今まで殆どありませんでしたから。

編集部

陽明文庫を訪ねて京都へ行き、蔵の中の国宝を間近で見せて頂いたのですが、本当に保存がいいんですね。

海野

元々のモノが抜群に良かったということもあるし、蔵の中にしまってあって人目に触れなかったということは大きいでしょうね。

中村

今回は歌合以外にも近衛家に伝えられたお宝、国宝を中心に展示します。例えば、御堂関白記。藤原道長の自筆による日記です。それから和漢抄。平安時代に貴族がどういうものを持っていたかということを実際に見ることができる例です。陽明文庫ならではのものとしては、歴代天皇の御宸翰(ごしんかん)。

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編集部

御宸翰って?

中村

天皇の直筆筆跡のことです。それは近衛家の歴史を語る上では絶対必要な資料です。天皇の書は交流がないと下賜してもらえないので、普通の家にはまず伝わらない。まさに皇室と近衛家のつながりを示す重要な資料です。一番古いのは後朱雀天皇の書状。

編集部

すごいものが立川に来ちゃうわけですね!

海野

そうです。和歌に関する代表的なものはほぼ残さず展示されますが。立川では都内とは違ってゆっくり見ていただくことができると思います。

中村

和歌に興味のある方だけでなく、書に興味のある方にも親しみを持って頂けると思います。国際的な時代だからこそ、自国の文化を知るのも必要かと思います。

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海野

千年前のものが、まるで昨日書いたように残っているという国はそうはありません。
中国は日本より歴史が古いけれど色々なことで文化財が失われてしまった。ですから実際に目で見ていただいて驚いてもらいたいですね。

『類聚歌合』という資料が発見され、平安時代にこうした歌合があったということがわかり、それを活字にまとめることができたのが昭和30年代。
一旦活字化されてしまうと、原本を研究する人はいなくなってしまった。
しかし、よく見ていただくとわかるのですが、原本と活字とでは印象がまったく違うんです。原本を見ると筆跡が微妙に違う場所があります。
『類聚歌合』は一人の書写者が書いているのではなく、多くの人が寄り合って書写している。中には漢字が書けない人もいて、同じ文の中で仮名と漢字で筆跡が異なる場合もあります。訂正や書き入れの跡もあって、この本が丁寧に作られてきたことがよく分かります。

編集部

本にも人生があるんですねえ。

海野

あります。
原本はこうして巻物になっているのですが、太い巻物だったり細かったりします。本来は同じようなものだったと思うのですが、途中が切り出されて細くなってしまったものもあります。

中村

展示は、読めなくても見るだけで何かしら感じるものがあると思います。現物の力ですね。
それと、見どころはやっぱり表具です。
こういう物は表具と合わさってひとつの作品になってる場合があります。中味に対して負けないようにという美意識で作られてきていますから、全体を通してひとつの美を表現しています。文字が読めなくても楽しめます。

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編集部

お宝満載という感じですね。ところで先生方のご専門は?

海野

私は国文学ですから、至極まっとうです(笑)。

編集部

中村先生は?

中村

僕は法学部なんです(笑)。法制史、法学部でも現行法ではなくて、法律の歴史をやっていました。もともと古書籍に関心があって、古い時代に書かれたものが基本的に好きですね。

編集部

では、こういった歌合の原本もスラスラ読めちゃう?

中村

まあ、スラスラ。私、ランドセルに崩し字辞典入れてましたから(笑)。

編集部

すごいですねえ!

海野

私は普通の人でした(笑)。

中村

うちはおじいさんが郷土研究をしましたので。

編集部

やっぱり環境が人を育てるんですね。海野先生の国文学とは?

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海野

古今伝授と呼ばれる和歌の秘密を伝える儀礼です。
例えば、古今集の中に不思議な名前の鳥が記されていて、それは一体何かということが疑問視されると、疑問が秘密を生んで、それが象徴的にある道徳的な徳目や統治の理念を伝えているとかんがえられるようになります。和歌の解釈から比喩的に秘密を作って行く。
私は、室町から明治の前まで天皇家が伝えて来た和歌の秘密の歴史を研究しています。

編集部

面白そうじゃないですか!

海野

面白いです。大きな紙に一文字だけ書いてあるものがあって、これは一体何なんだろうってずっと考えていて、ふと別の資料を見るとその解説が出てきたり、また別の資料を探し当てると、この二つを組み合わせて実はこういうことを伝えようとしているんだ、どうだ! みたいなのが出てきたり。

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編集部

その資料って、活字資料じゃなくて、昔の現物を調べるんですよね?

海野

そうです。天皇家に伝えられたものがメインです。宮内庁とか京都御所にあるものなど、バラバラに保存されているものを集めて調べています。

編集部

それも大変ですね。

海野

そうですね。今の教育って数学は数学、国語は国語といったカテゴリーの意識が強いですけど、昔は和歌を使って芸術的なことはもちろん、道徳的なことやお作法、文字の書き方も教えるんです。だから遺された資料には、現代の分類概念にあてはまらないものも多くあります。それをこれは文学、これは書道、これは娯楽、これは道徳とかって腑分けをしてしまうから、どこにいれていいかわからないものや違う棚に入ってしまうものが出てくるんです。

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編集部

有名私立男子校で、「銀の匙」だけを使ってする授業があった。あれと‥。

海野

そうですね。そこに入ってくる社会的背景とかも一緒に勉強するので、自分がなぜそれを勉強しているのかがわかるわけです。全体が押さえられないと、断片的な知識ばかりになって、覚えたけれど何に使っていいかわからない。とりあえず知識としてとっておこう。そうなってしまいますよね。

編集部

中村先生は何を?

中村

海野先生は和歌の、私は書の秘伝を。

編集部

書にも秘伝があるんですか?

中村

はい(笑)。あるんですよ。天皇家の秘伝の書の研究をしています。近代以降は、あまり役に立たないということで忘れられてしまうのですが。注目されないまま忘れ去られて、今の日本の書道史の研究でも亜流のように考えられています。本式ではないというイメージからきちんと研究した人がいない。それを一所懸命研究しています。

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編集部

よくわからないです。秘伝、なのに役にたたない?

中村

権威だからです。前近代の天皇制は論じられるものでした。
天皇ってなんだろうとか、天皇はどんな風に字を書かなきゃいけないとか。公家もそうです。字がその人の風格を表すということを伝えています。
今は書道の技術、美しさを追求しますが、前近代は違う。字には人格が込められていると考えたんです。比べるための条件ではなく、天皇になったら習わなければいけないことで、それを習得しないと民を治められないと考えられていた。お金もばらまけない、科学技術などもない時代、民を治めるには徳をつけないと。
で、明治以降はやらなくてよくなった。

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海野

というか近代化で、「近代以前のそういったものは合理的ではなくて、文学とは文学的な素養だけ、書道は書の美しさだけ、それ以外のものは不純だ」と言い切られちゃったんです。
国文研は不純な人が多いから(笑)、捨てられたものをもう一度集めてみようとする人もいます(笑)。
和歌の秘伝にしても書の秘伝にしても、道徳的な意味合いが非常に強くて、和歌や書を芸術だと思うと変なものに見えるかもしれないけれど、当時においてはそれはそれで意味があったんです。

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現代作家の作品は、自分の心の中に満たされないものを抱えている人が主人公って例が多いじゃないですか?
全て満足していて、俺は楽しいぜ!っていう人が主人公の作品は賞を取らないでしょ?
それは、心は満たされないものだというのが前提で、それを描くのが小説だという先入観で私たちが小説を読んでいるからではないでしょうか。
でも、何年か、何百年かすると、満たされない心をどうやって満たすかとか、満たされないまま転落していくものをどうやって描くかがテーマだった変な時代だったよね~あの頃はって言われるかもしれませんよ。価値観の体系って意外に脆いと思いますよ。

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