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インタビュー

見逃したら、もう見られない!
アカデミックたちかわ――国文学研究資料館国文学研究資料館研究部教授/総合研究大学院大学教授 日本文学研究専攻長/文学博士 中村康夫氏

国文学研究資料館研究部教授
総合研究大学院大学教授 日本文学研究専攻長
文学博士 中村 康夫 さん

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珍しい展示を次々開催する国文研。
新年最初の展示は「新収資料展」。
奈良絵本「宇津保物語全五巻」を2セット同時展示。
連綿と命をつないで今自分があることを考えると、
展示資料の中にもしかして、あなたの先祖がいるかもしれない?

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編集部

先生のご出身、大阪ってどちらなんですか?

中村

松虫って知ってるか? 天王寺の南へ約一キロぐらいの所。チンチン電車で二駅。

編集部

チンチン電車、あれ風情があっていいですよね。

中村

座るところボコボコやけどな。クッションが滅茶苦茶や。こないだ乗ったけど。
松虫なんて昔良かったんだよね。松虫って言うのは後鳥羽上皇に仕えてた女性の名前。宮女の名前だったんだよね。出家してその塚で最後を引き取ったというのでね、松虫塚ができた。

編集部

先生はなぜ古典へ進まれたんですか?

中村

得意な理系の勉強とか現代文なんて教えてもらわなくても自分でできると思ったんだろうね。実際はとんでもない事だとは思うけどね。その当時、思い上がりが強かったのか、何か物凄くある種の自信があって。古典の世界は人に教えてもらわないとサッパリわからないから。

編集部

古典もいろいろですが。

中村

うん、同じやるなら当然ルーツだと。やっぱり古典をやる以上は、なぜそんな事がその時に始まったのかと言う事をちゃんと理解しないと、文学研究したことにならんだろうと思って。もちろん古事記、日本書紀、万葉集とか古い所は当然その問題がある。でも、平安時代になっても物語が始まる、和歌が始まる、歴史物語が始まる。平安時代にも始まることがいっぱいあって、始まりというのはどこからでも良いわけだけど、だったら平安だと。平安の物語文学からとりあえず入ってみようと思ったの。

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編集部

それで?

中村

家は貧乏だったんですよ。貧乏だった。父がいなかったからね。おやじは僕が生まれて間もなくに死んでしまった。おふくろが女手ひとつで男の子三人を育てていた。
僕は神戸大学なんだけど、入学式が終わって授業が始まるという時、そのおふくろがなけなしの金で「康夫、お前に本を買ってやる」と。
一緒に本屋に行こうと言って、最初に買ってくれた本が栄花物語だった。歴史物語ですよね。それが知らず知らずの間に自分の専門になってしまった。

編集部

栄花物語って高校の教科書とかにはあまり載らないですよね?

中村

そうですね。
ところが、平安時代の文学資料としては一級資料。源氏物語のすぐ後にできた歴史物語で、藤原道長の事を知ろうと思えばもう絶対欠かせない文献だし。

編集部

そもそもなぜ栄花物語を買って貰ったんですか?

中村

それまでに源氏物語研究会を始めてたんですよ。源氏物語をやるんだったら当然栄花物語知らなきゃと。けれど栄花物語は一冊も持ってなかった。

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編集部

なるほど。お母様はまだご健在でいらっしゃる‥‥?

中村

いやいや、昭和五十八年に死んでしまった。
縫物というのは、仕上がったものを座布団の下に敷いて圧しをして次のものを手がける。一日中座りっ放しなわけです。足を畳んだままというのがたたったのか、病気になってしまってね。兄貴と交代で病院に泊まり込んで看病していたんだけど、僕が泊まった時に息を引き取った。

編集部

先生はお母さん思いなんですね。

中村

うーん、僕は、親はおふくろしかいないわけだから‥‥。

編集部

そうですね。古典にはそういった親子のいい話はないんですか?

中村

ないない。ほとんど成功した人の話ばかりだもの。

編集部

人が読みたいものって成功物語なのでしょうかね。今西館長が、今日まで残っているものは大ベストセラーで、その周りにはいっぱい残らなかったものがあるのだとおっしゃっていましたが、ベストセラーになる秘訣?は古典から学べるのではないかと思ったことがあります。

中村

もちろんですね。

編集部

歴史物語などは、そういうものを読まずして、どうしてこれから先の事がわかるの?って言う気持ちにもなったんですけど。

中村

今を知りたければ今書かれたものを読んだらそれはそれで良い。
だけど、人として、人間は今まで長い歴史の間に何を求めて来たんだって言う話になってくると、当然過去の文物に触れざるを得ないわけで。過去の色んな変遷を追いかけないと、所謂普遍的な、自分が大事にしていけるような価値意識というか、そういう物は手に入らないと思うんですね。

編集部

そういう意味に於いても、国文研の持つ資料や研究、事業を国民にPRするって必要じゃないですか?

中村

それはだから展示でやってるわけね。できるだけわかりやすい展示を心がけているんですよ。

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編集部

聞くところによりますと、次の展示は先生がまとめていらっしゃるそうで。

中村

新収資料展は僕が一番トップに立ってやってます。

編集部

では今日はこの話をしなきゃいけないんじゃないですか?

中村

うん、なかなか入れへんなと思って(笑)。

編集部

失礼しました(笑)。新収資料展示ってことは新しく集めたものって事ですか?

中村

そうそう。最近購入したものを中心に展示します。
ここ二~三年ということではなくて、もうちょっと広い目で新しく購入したもので展示テーマを考えてみようと。その時に必要ならばもっと昔からあるようなものも入れてもいい。新しく購入したものを並べましたと言うんじゃなくて、見て面白い展示。入口から入った人が、出口へ出る時にふっと何かこう頭の中に残ってる様な展示にしたいなと思って、それでテーマ展示を考えるようにしたんです。
去年はどういうわけか資料購入費がたくさんありまして、その中で宇津保物語の奈良絵本と言うのが購入できたんです。

編集部

この一番と二番に宇津保物語がありますが?

中村

一番は九州大学のもの。宇津保物語絵巻の中に当館蔵と九大蔵と両方あるんです。
当館蔵は去年購入できたんですよ。これ高いんですよ~。

編集部

どこから買うんですか?

中村

古籍商、古書籍商というんですか? 所謂古本屋さん。
今回国文学研究資料館蔵として、宇津保物語絵巻五巻を購入した。
これは今西先生がご推薦のもので、先生が考えておられたのは、九大にも宇津保物語の奈良絵本五巻がある。世の中には四点か五点しかないのですが、その内ふたつあるって言うのはすごいじゃない?

クリックすると拡大画像をご覧いただけます。
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編集部

すごいですね

中村

その二本を並べてしまえと館長が考えられて。
そうすると、平安朝の物語を軸にして、その宇津保物語の奈良絵本なんかもメインテーマにしながらね、その関連の新収資料というものを並べると良い展示になるんじゃないかとね。

編集部

二つの宇津保物語には違いがあるんですか?

中村

全然違うんです。違いがあるんですかじゃなくて、全然違う(笑)。もちろん文章は一緒ですけどね。だけど絵は全然違う。同じ絵はひとつもない。絵師が違うんです。
これは奈良絵本の特徴を表していて、単品作り。ひとつずつ手作りで、その時の担当者が違えば当然絵も違う。だから、先ほど四点か五点しかないと言いましたが、たぶん四点五点とも全部違うんです。

編集部

ふたつが全然違うってわかるように展示して下さるんですか?

中村

って言うか同じところがないんだ。こんなに同じですよ、ここだけ違いますよという展示の方ができないの。どこ並べてもどこを比較しても違いますよという展示にしかならんから。

編集部

(笑)ああ~。わかったような、わからないような。

中村

だからね、どこ見て貰うんだっていう事が非常に難しい。違うでしょ?って、どこ見ても違うよねって(笑)。
だから、どこを見て欲しいんだって言うことが非常に大事で、それは専門の人に任せて。

編集部

そうか~。見なきゃわかりませんね。わかったのは二つが並ぶのはとても珍しいこと。

中村

まずないですね。

編集部

私いつも思うんですが、こちらの展示って、いつも「まずないだろう」という展示ですよね。だから見ないともったいない!

中村

もったいない、もったいない。

編集部

わからなくても見るだけですごい!

中村

見るだけですごいんです。
そこにね、私としてはちょっと力を入れたいなと思ってるのは軍記。平家物語とか平治物語は軍記物語と言われるものですが、軍記と言われるのは読み物じゃない。読み物じゃないと言うとおかしいかな? 要するに、戦乱が起こった色々な事情や事実関係などを記録に留めて後世に残そうとしたもの。それは平将門の内乱に関して言えば将門記があるとか陸奥話記とか。それから承久記、明徳記、応仁記あたりがそうです。
この辺のものは宇津保物語絵巻とは違って豪華さはない。非常に素朴な本。むしろ展示に堪えないようなレベルの本かもしれないです。けれども、こういうのは逆に言うと展示されることがないです。平安の物語から中世の軍記物語、さらに中世の軍記へというストーリーが描けるならば、滅多に表に出ない様な文献も一緒に見て貰えるんじゃないかしらと、その辺まで並べてみたいなと思っています。

編集部

軍記の事実の中で、私たちの先祖に会えるかもしれないですね。楽しみです。

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