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インタビュー

国文研のツボ! それが「保存管理」
アカデミックたちかわ――国文学研究資料館国文学研究資料館 研究部 准教授 青木睦氏

国文学研究資料館 研究部 准教授 青木 睦 さん

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国文研の地下に行くと膨大な資料が整然と並んでいる。
静かなはずの収蔵庫。
でもなんとなくザワザワするのは、
昔の人の声が聞こえるから?

今回は保存管理の専門家、青木睦先生の登場だ。

編集部

保存のお話ということですが、先生はどんなことをなさるのですか?

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青木

国文学研究資料館には、国文学に関する古典籍・和古書が三万七千点、歴史資料が約五十万点収蔵されています。
国文学研究資料館の前身が品川の戸越にありました。ここにある古文書は、歴史的に重要な江戸時代の資料を戦後の動乱で散逸してしまうのを防ごうと昭和二十六年に文部省史料館が設立された時からのものです。
今で言うアーカイブズ(記録遺産)ですよね。

資料を出納したりするにはアーカイブズの内容についてレファレンスもしなくちゃらない。
それには古文書が読めなければということで、私は大学一年から江戸時代の古文書を勉強していたので一応古文書も読めたし。
大学卒業してからここで働いています。
資料を整理して目録を作って。平行して、資料自体が劣化しないようにどう保存するかということも誰かがやらなきゃならないわけで。それならということで。ここに乾燥させている状態の宿紙があるけれど。

編集部

宿紙ってなんですか?

青木

江戸時代のリサイクルペーパー。色が違うでしょ?
グレーになっているのは煮溶かしてリサイクルすると墨が混じるから。これは信濃国松代藩の真田家の古文書。

編集部

本物?

青木

本物!本物しかないの、超!五十万点。

編集部

すっご~い。

青木

こうして資料をお見せする時に、わかりやすくするためにこうして資料に影響ないようにラベルを貼るんです。
資料には表題なんか書いてないから、この資料を読んで、例えばこれは真田の家臣が行事に出発する順番が書いてある。家老が書いたもの。メモ書きとか断片かなと思われるものもこうして表題をつけて保存します。
その際に、ラベルでもなんでも不純物が入っていて資料に影響が出てしまわないように、一つひとつ材料は検査して使います。ラップ類なんかもそういった安全試験を通すのですが、それと同じです。

編集部

これは虫食いなんですか?

青木

そう。閲覧する時に丁寧に見てもらえば大丈夫な場合はそのままにしますが、見づらいときはちょっと留めたりします。

編集部

つまり修復ですね?

青木

専門的な修復はしないです。専門的な修復士は日本でも若い人が多く育って頑張っています。
ここでやるのは簡単な部分的修復だけ。保存管理をするにはこの程度の修復は教えます。
専門家に修復してもらうにしてもその技術を知っていないと、その資料をどの技術で修復したらいいかがわからないですから。

編集部

この二つはどう違うんですか?

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青木

これは学生さんの実習用なんですが、触ってみるとわかります。触ってみて。

編集部

あ、ほんとだ。こっちは厚い。

青木

そう。こっちは裏打ち用の紙を貼付けて虫食いを修復しているのね。(写真上)
こちらは繊維を砕いて虫食いの場所にだけ繊維が入るようにしてある。リーフキャスティングっていう方法です。(写真下)

編集部

それにしてもこれを一つ一つ状態を見て、必要なら修復して、それからラベルを貼って‥。すっごい手間がかかりますね~。

青木

すっごい手間。それに文書が読めるだけでは目録作れないんですよ。
今も、松代藩の家老だってすぐわかったでしょ?
誰が何のために誰に出したかということを、わかりやすく目録にしてあげないと一般の人にはわからない。目録を取る時には、例えば松代藩なら松代藩、土浦藩なら土浦藩の状況をきちんと勉強して、その資料がどういう所で作られたかその組織図をちゃんと頭に入れてやります。

編集部

昔の人と友達にならないとできないですね‥‥。

青木

あとで地下の収蔵庫に行ってお見せしますが、資料を保存するにはこの包材を使います。資料の厚さが何センチでもうまく収まるようになっています。
効率的にやっていかないと、五十万点の資料をラベル貼りながら整理していたら私があと百年生きても終わらない。一点一点封筒に入れる作業の前に、箱ごときちんと保存して、光や埃、湿度の変化、熱や汚染物質がつかないようにパッケージしておくわけです。保護措置です。

編集部

本物を保存するって大変だけど重要ですよね。

青木

オリジナルのものからしかわからないことってありますね。今は重要文化財の春日懐紙というものがあって、これが透過光で撮った写真。でも糸目の状態はオリジナルじゃなきゃわからない。ここにある紙の見本のこっちが三椏(みつまた)。これが楮(こうぞ)の紙。それから雁皮(がんぴ)。

編集部

ほんとだ!触るとすぐわかりますね。

青木

触った手の感触だけじゃなくて、紙には匂いもあって、あと音。そういったオリジナルだからわかることを、ちゃんと調査できるように保存されていなきゃならないわけです。

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フルホンシバンムシ幼虫

編集部

すごいお仕事だ‥‥。古いものはさっきの資料みたいに虫もつきますよね。

青木

そう。これを食べたのはシバンムシ。

編集部

どの虫が食べたのかわかるんですね。

青木

うん。これがフルホンシバンムシ。でもあれを食べたのはケブカシバンムシの方だと思う。穴が大きいんですよ。こっちの子は体がちっちゃいから食べるときの幅が違うわけね、この子の。

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フルホンシバンムシ成虫

編集部

この子(笑)。

青木

幼虫の時しか食べないんだけどね。大人になったらもう食べない。あとは結婚相手を探すだけ。本の敵はだいたいこのシバンムシで、甲虫類です。あとチャタテ虫って小さいミジンコみたいな透明なんだけど黒く見える‥‥。

編集部

よく古い本開けると、チチチチって歩いてるあれ!

青木

うんうん。あとイガはよく洋服につきますよね。
シミ(紙魚)っていうのは表面をなめるけど、穴を開けてしまうのはシバンムシです。洋服が食われるのはイガとかヒメマルカツオブシムシ。これはすごい。外にシーツとか白いものを干すと、成虫が飛んで来てそこに卵を産むの。それをしまって押し入れに入れるとそこで幼虫になって食べちゃうわけ。

編集部

外に干さない方がいいのか‥‥。

青木

そういう虫の性質をよく知って、薬剤をできるだけ使わないで一番貴重なものを保存管理するところと、それほどでなくてもいいところとか分けて、集中的に管理するところにトラップをかける。メスのフェロモンを置いてオスを捕まえる。オスが少なくなると結婚できないから、子どもが少なくなる。そうやって減らすんです。
虫が入って来ないようにするのも大事なので、当館は全部に網戸がついています。

編集部

極地研にもついてます?

青木

ついてます。ただエントランスについていなかったのはショックだった。

編集部

保存管理ってただ湿度とか温度の管理しているだけかと思っていました。

青木

それはもちろんしてます。保存管理って部屋の掃除と同じ。どこがどう汚れているかまずチェックするでしょ?
資料保存も環境チェック、温湿度、粉塵、カビ、虫のチェック。その中に収納されている資料の状態をチェックする。まず保護措置しておいて、次の段階で「ああ虫食いがありましたね、リーフキャッシングしましょうか」って進める。ちゃんと保存してあればすぐにやらなくてもいいわけ。
だから修復も大事だけれど、その前にきちんと保存することが大事です。急激な変化を避けることも重要で、正倉院だって除湿はしているけれど温度はそのまま。展示するために外に出たりするわけだから、保管状況だけ一定にしていても意味がない。

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編集部

なるほど。

青木

当館もそう。急激に低湿にしたり低温にしたりするわけじゃないです。資料の移動の範囲の中での環境の変化をとにかく小さくしておく。
こういう場合判断を間違えないために、日本だけじゃなくて海外の事例、建物の構造や材質も調べます。塗料なんかも国内で大丈夫でも、海外の場合にはもっとシビアなことありますからね。
これまでにもアメリカ・カナダ――北米、ヨーロッパ各国――イギリス、ドイツ、オランダ、中国、韓国‥‥。今は韓国のこの施設が一番すごいです。今の世界的レベルで最も良いと思われる部分は全部取り入れてますね。

編集部

日本はどうなんですか?

青木

日本はもう一歩かな~。コンパクトに自分の資料を守るために必要最低限のことはやっている。意識はあるのに予算がつかないかな。

編集部

予算がつかないということはやっぱり意識が低いんじゃないですか? 重要性を感じないとか。

青木

そうそう。だからアピールしなきゃいけない。ただアピールのしやすさってありますよね。
立川からタクシーに乗って「極地研」ていうとすぐわかるけど、「国文学研究資料館って何やってんですか?」って。

編集部

でも国文研には国文研の面白さがありますよ~。深いし、日本人でよかったな~って思わせてくれるから。

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大岡越前自筆の日記から1ページ
大御所様の文字が見える。
大御所様とは徳川吉宗のこと。
吉宗が亡くなった日のことを記している。
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大岡忠相自筆の日記