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インタビュー

内視鏡手術が上手くなりました
南極観測隊、医療隊員の真実!?第41次南極地域観測隊 越冬隊 医療担当 酒井光昭氏

第41次南極地域観測隊 越冬隊 医療担当 酒井 光昭 さん

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筑波大学講師。大学院人間総合科学研究科 疾患制御医学専攻(呼吸器外科)医学博士。第41次南極地域観測隊 越冬隊 医療担当。
部活の陸上に燃えていた高校2年生までは父親の後を継いで自衛官になろうと考えていた。しかし、足首を骨折し、2回に渡る手術を自分の目で見た時に感動し外科医を目指した。

写真提供:酒井光昭

呼吸器の病気を専門にしている。
30歳の時、手術中、先輩医師から南極観測隊医療隊員にならないかと誘われる。
ちょうど、仕事に行き詰まり、外科医を辞めようかと考えていたときだった。
思い切った。そして、世界は開けた。

編集部

南極医療を研究されて、それで学位も取ったとか?

酒井

そうですね。南極環境、特に低温の中での人体の変化については、昔から欧米を中心に研究されています。
僕はその研究ではない。
南極の大気はものすごくきれいです。そのきれいな環境に身を置いたとき、肺を中心とした内臓にどんな変化が起きるか、それを調べました。

編集部

きれいな空気だと人体に変化が起きるんですか?

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酒井

普通はいろいろなゴミや大気汚染がありますよね。それら吸ったものは鼻や口から入ります。粗い粒子は途中で捕捉されて唾とか痰になって出る。でも細かいものはズーッと肺の奥まで入っていきます。
肺の中にはマクロファージって白血球のひとつですが、悪いものを食べちゃうものがあって、パクパク侵入者を食べる。でも自分だけじゃ食べきれない。マクロファージはある物質を出す。それがサイトカイン。
サイトカインは血流の中を伝書バトみたいに飛んで行って、血球の工場である骨髄の中で在庫として眠っている白血球を呼ぶ。起きた白血球がたくさん血流に乗って肺に集まってきます。そしてまた悪者を殺す。
この循環が働くから、例えば肺炎になったりすると白血球の数値が上がったり、サイトカインは発熱物質なので熱が出たりする。つまり、人間は常に入って来る悪い物質によって汚染されるので常にやっつけているわけです。
ところが、南極に行くと、空気がきれいなので入って来る悪い物質がない。肺で待ち構えていたマクロファージが暇になっちゃって、サイトカインも出ないんです。そうすると抗がん剤を投与しているときのように、血流の中の白血球がグーンと減っちゃうんです。

編集部

へ~。となると、病気にはならない?

酒井

逆に例えばアトピーの方とか、喘息の方とか、治っちゃうのを見ましたね。持病のある人は1年分の薬を持って行きなさいと出国前にお触れが出るのですが、南極に行くとまず使わない。

編集部

すごい!

酒井

外敵から身を守る好中球っていうのがいるんですけれど、不思議なんですが、それもやはりドンと下がっちゃう。

編集部

外敵がいないから働く必要がない! イメージ的には寒いし、なんだか風邪引きそうですけど。

酒井

引かないですね。細菌やウイルスなどの病原体がいない。自分が持ち込んだもの以外はないので、抗生物質を持って行ってもほとんど使わないです。南極からの帰りは面白いですよ。春先に帰って来ますよね。オーストラリアに近づくにつれて花粉症の隊員がクシュンクシュンやりだす。

編集部

(笑)ケガしても破傷風にもならない。

酒井

なりませんね。ただ精密検査ができないので、ケガや病気を正しく診断することはむずかしいです。レントゲンしかありませんから。

編集部

南極ではどの程度の医療行為ができるのですか?

酒井

手術室もありますし、歯医者もやりますし。

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編集部

え~、呼吸器なのに歯医者やるんですか~?

酒井

やりましたよ。南極に行く前にちゃんと歯医者で教えてもらいましたから。意外に歯科治療は多いんですよ。

編集部

虫歯なら南極に行く前に治せるでしょ?

酒井

虫歯じゃないんですよ。やっぱり面倒くさくて歯を磨かないとか、内陸旅行に行くと水が貴重なので磨かない。お茶碗いっぱいの湯は途中までお茶飲んで、残りで茶碗洗って、歯を磨くとかね。
だから歯周病ですよ。自分の持っているバイキンで。あとは詰め物が取れちゃうとか。ものすごく冷たい空気を吸いますよね。冷気による歯の収縮率と詰め物の収縮率が違うらしく、これを繰り返していると詰め物が取れちゃうんです。

厄介だったのは医療機器のメンテナンス。これは手術の写真です。医務室はオングル島にありますから、「温倶留中央病院」。

編集部

あら? 医療隊員は2人じゃないんですか? 何人も手術着着てる。

酒井

彼らは子供の頃に医者になりたかった人たちなんです。通信隊員と当時はまだ使っていた航空機の整備士。両方とも海上保安庁の人で、こういうの着させてあげると喜ぶんです(笑)。これは背中におできができた隊員に対して実際に行った手術です。

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編集部

医者になりたかった人が手伝うんですか(笑)?

酒井

医者1人では治療がうまく進まないので、こういうときにシミュレーションしておくんです。清潔不潔っていうのはこういうことだとか、器具はこう持ってとか。要するに非常事態の緊急医療支援隊の教育です。

編集部

ああ、なるほど。先生が滞在中は大きなケガはなかったのですか?

酒井

ありませんでした。ある隊はあるんですけれど。ただ、医者も2タイプあって、やたら医療行為をしたがるタイプとまったくやらないタイプ。つまり「こいつがいるから俺たちの越冬は大丈夫だ。この医者に任せておけばいい」っていうタイプと、「こいつに診てもらうと大変だから、ケガだけはしないようにしよう」と自分で気をつけさせるタイプ。どっちが安全かはわかりません。

編集部

自分がヒマラヤに行っちゃうようなお医者さんだと、南極でやらなくていいことはやらないようにしようって思うんでしょうね~。先生は内陸旅行に行かれたんですか?

酒井

行きました、行きました。僕はやまと山脈にいきました。隕石旅行隊と3ヶ月。

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編集部

何人で行ったんですか?

酒井

旅行隊リーダーでフィールドアシスタントである中学校の理科教師と、隕石資源センターの方と、地学の研究者と、医者と通信隊員と大原鉄工所の人の6人です。

編集部

大原鉄工所って雪上車の会社ですね。南極観測隊の写真をよく見せられるんですけれど、みんな日に焼けて真っ黒でヒゲ生やして、まったく誰が誰だかわかりませんね(笑)。

酒井

内陸旅行で3ヶ月風呂入ってませんからね。でも臭くないですよ。汚れないし。

編集部

汚れないんですか?

酒井

いや、汚れてると思いますよ。汚れないって言ってるだけで(笑)。

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編集部

なんだ(笑)。やまと山脈ってどんなところなんですか?

酒井

上半分が青で、下半分が白。

編集部

そこに隕石が転がっているんですね?

酒井

そうです。

編集部

隕石だと思って拾ったら人糞だったって聞いたんですけれど‥‥。

酒井

あります、あります。隕石も人糞も黒くて区別つかないんですよ。凍ってるし。それで雪上車に持ち帰って、今日の収穫はこれだって出すんですけれど。「何だ?なんか匂ってねえか?」って話になって。雪上車の中は温かいんでね。慣れてるヤツが溶けたブツを探し出して、「これだ!」ってバイオハザードのマークをマジックで書いて廃棄物入れに捨てちゃうんです(笑)。

編集部

本当にあるんですね~。

酒井

おもしろいことはいっぱいありますよ。氷山とペンギンが描いてある板ガムありますよね。あのキャッチフレーズが「南極のさわやかさ」。本当にさわやかかどうか試そうって持って行った。噛めませんよ、硬くって。もうこんなの噛んだら死んじゃうよって。噛む時点で-50、60℃ですから。

編集部

噛めないんですか~。お医者さんとして南極で大変だった事ってメンテナンス以外になんですか?

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酒井

あっちでは診療以外の仕事がほとんどですから。医者以外のことができないなら行くなと言われました。
「僕は医者ですから」なんて言って雪かきしなかったりしたら、「医者はな~」「あいつは医者だからな~」って言われちゃいます。ですから、どちらかと言うと何でも進んで自分からやらないとみんなが認めてくれない。
僕は毎日必ず調理隊員の手伝いをするようにしていました。作業が終わって5時になったら、すぐ飛んで帰ってエプロンに着替えて。あと手空き総員作業も出るようにして。

編集部

何て?

酒井

手空き総員作業。手が空いている人全員集まれ。ブリザードの後の除雪とか、キャベツ総点検とか。
医者は病人がいなかったら仕事ないだろうって、実際は違うんだけどみんなそう思ってますから、なるべく行くようにしていましたね。

編集部

医療行為しないでいると腕が落ちませんか?

酒井

南極でパワーショベルとか散々やったんですけれど、あの技術は使えますよ。南極で医者が重機やってると、それ面白れ~って言われますが、やっていることはその辺の工事現場でやっていることと変わらないと思います。それを内視鏡手術の技術向上に活かそうとしたのは、多分日本では僕だけでしょうね。