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インタビュー

資料館ってなんだ?――館長にきく
アカデミックたちかわ――国文学研究資料館国文学研究資料館長 今西祐一郎氏

大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館長
今西祐一郎 さん

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「館長っておもしろい方ですね」と言うと、
「そうですよ。ぼくはおもしろいんですよ」と。

「本籍は今も大阪。奈良で生まれて北九州育ち。
京都の大学に通って、最初の就職先は静岡。
それから二十数年九州大学にいましてね、今は単身赴任なんですよ。
自宅は福岡」。

平成二十一年四月より国文学研究資料館長。
どんなことを聞いても、こちらのレベルに合わせて淡々と話してくれた。

編集部

こちらは極地研と同じ、大学共同利用機関なんですね?

今西

そうです。大学にも各共同利用機関と同じそれぞれの専門分野はありますが、大学はデパートみたいにたくさんの専門が集まっていますから、ひとつの専門についての教員数は少ない。
国文学研究資料館は日本文学の古典専門です。
日本古典文学の専門教員となると、京都大学文学部でも二人です。東京大学でもそんなに多くはいないでしょう。四~五人いるかどうかというところです。
それに対して、国文学研究資料館には、助手(現在は「助教」といいますが)までいれると三十人ほどいます。
理系の大きな研究組織などに比べると、三十人しかいないのかと思うかもしれませんが、文系で日本古典文学という限られた分野での三十人は巨大です。ですから大学共同利用機関というのは、研究者の数も予算も少ない大学文学部ではできないような、たとえば共同研究などを行うのが役目になります。

編集部

でも、そうであるが故に共同の研究もしつつ自分の研究もしなければならないという、結構ややこしいお立場ではないですか?

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今西

それはありますね。共同研究は本務です。と同時に、やはり一人一人優れた研究者であるということも示さなければならない。それが自分の研究ということになります。

編集部

古典というのはどこを指すのですか?

今西

明治以前です。
この資料館は日本古典文学関連資料の調査収集のためにできた機関なのです。日本全国に散らばっている日本古典文学に関する資料を調査する。調査した事項をデータ化して映像はマイクロフィルムで保存する。資料が遠い所にあっても、資料館にさえ来れば簡単に見ることができるというわけです。
また、こんなことはあっては困るのですが、たとえば火事とか天災によって万一それらの資料が失われたとしても、マイクロフィルムの映像や記録は残るというシステムになっています。
ですから、私たちの仕事は、たとえば『源氏物語』はすばらしいという前に、『源氏物語』を研究するための基礎資料を収集して、全国の研究者や興味を持つ人々に提供するということであり、それが国文学研究資料館のもともとの設立趣旨です。

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編集部

なるほど~。では膨大な数の文献があるわけですね。

今西

そうです。マイクロフィルム類は約二十万点にのぼります。
しかし、いくら何でもマイクロフィルムだけでは研究は出来ないので、古典籍の原本も購入したり蔵書家からコレクションの寄贈をいただいたりして一万点以上、研究書約十万冊、日本文学関係の定期刊行物五千誌十六万冊といった資料が、開架の閲覧室と地下の保存書庫に収まっています。

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編集部

古典って言われますと、日本人でありながら日常からは離れた感があります。

今西

そうですね。遠いですね。
特に一九八〇年代にはじまったゆとり教育で古典が大幅にカットされたせいで、この先、日本の古典を学習していない、そしてその結果古典を読めない、そういう日本人がどんどん増えてくるという事態が予想されます。
昨今はまた「ゆとり」が見直されているようですが、それが古典教育にながるかどうか。
古典との距離をすこしでも縮められるようにと、私たちは先ほどお話しした資料収集という事業とは別に、日本古典に関する講演会を開いたり、展示を行ったりという形で、社会連携活動にも力を注いでいます。
立川に移転してくる前は、独立した展示設備は持っていなかったのですが、こちらには、規模は小さいながらも質では国立博物館にも劣らない立派な展示室もできたので。

編集部

社会連携活動の一環に「子ども見学デー」もあるとか。

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今西

そうなんです。八月の一番暑い時、近隣の小学生を対象に「百人一首」のトレーニングをするのです。今年は八月五日(木)です。

編集部

歌会始の時に詠み上げる方が、その格好でやってくださるそうですね。ところで、館長もご自分の研究をなさっているのですか?

今西

それなりにね。しかし、館長というのは館の運営が仕事で、研究するためのポストではありませんので。

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編集部

そうですよね。では、古典って何が面白いんですかと聞かれたら?

今西

古典はそんな面白くないですよ。

編集部

(笑)じゃあ、どうしてなさるんですか?

今西

''それはね、どういえばいいか、若い頃というのは、人があまりしないこととか、あるいはちょっと難しいことをやってみたいという虚栄心や好奇心がありますね。
それでどこがどう面白いのか分からなままに、目の前に聳えている山に登るようなつもりで、『源氏物語』に取りかかってしてみたのです。だから『源氏物語』を読んで生きる勇気が出たとか、生きていてよかったなどと思ったことはありませんね。これから先は分かりませんが。
評論家の立花隆さんも『僕はこんな本を読んできた』という本の中で、「本当の古典の中身が特別に優れているかというと、必ずしもそうでなく、わりと中身が下らないものがけっこうある」と言っています。では、どうして古典を読まなければならないのか。古典というのはずっと昔から今まで、千年以上、あるいは何百年にわたって読み継がれてきたものです。そして読んだ人がまたそれについていろいろ書いている。本居宣長も瀬戸内寂聴さんも誰でも、源氏なら源氏でね。だから古典を読むということは、そういうこれまで古典を読んできたさまざまな人達の知の世界に参加するパスポートになるということです。源氏に限らず、これまで古典を読んできて、それに触発されていろいろ考えた偉大な人達、その人達の仲間入りができるということ。これが大切なのではないでしょうか。

編集部

なるほどね~。鎌倉で香道を習ったことがあります。源氏香です。これがなかなかむずかしい。

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今西

少なくとも源氏の巻名くらいは諳んじていないとね。それとあらすじ。

編集部

そうなんです。やっぱり教養の部分においてはとても高度ですね。知らないと話に参加できません。

今西

お茶もそうですよ。お茶飲むだけならいいけれど、ちゃんとしたお茶席に行くと、床の間に掛け軸が掛かっていてその崩し字が読めなければいけません。それを読めて、さらに意味が分かれば立派なものです。そしてこれは西行の歌ですねなどコメントできれば、教養のほどが推し量られる。外国でも同じで、今のハリウッド映画だけ知っていればいいのではなく、ギリシャ古典を知って初めて奥深い会話ができます。西洋の場合は、ギリシャ、ローマも大事ですがやはり聖書です。そういう意味で聖書は最大の古典かもしれません。

編集部

先日「和書のさまざま」の展示を見ていて思ったのですが、源氏物語の注釈がありますよね? 後世の人が書き込んだもので、紫式部の書いたもともとのものっていうのはないんですよね?

今西

ないのです。紫式部自筆はもとより、平安時代の写本すら残っていません。今日、私たちが眼にすることが出来るのは、源氏物語成立後二百年以上経った鎌倉時代の写本が最古です。万葉集でも万葉時代の写本なんか残っていないのですよ。書き写しを何十回と繰り返して、最初は作者や編者による原本があったのでしょうが、日本は火事の多い国ですから、古い方からだんだんに失われ、また源平の争乱や応仁の乱のような内乱によって滅びた書物も膨大な量に上るはずです。

編集部

何千回と書き写されているうちにどこか変わっていているかもしれないですね。

今西

不注意による誤字、脱字、また写すべき行やページを飛ばしたりといった写し間違いはしょっちゅうです。また、写す人が自分の好みや考えで文章を変えてしまうこともあります。

編集部

伝言ゲームみたい。

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今西

その通りです。ですから写本はひとつとして同じものはないでしょうね。中世になりますと、武家の天下ですから、源氏物語や古今和歌集を能筆(字の上手な)の公家が書写して有力武家に渡して、その報酬をもらったりということもあります。暮らしの糧にしていたのでしょう。
 物語というものは今でいうコミックみたいなもの、つまり娯楽作品です。正式の書物というのは漢字で書いてあるもの。昔は漢字のことを真名(まな)といいましたが、仏教書であれ漢籍であれ、真名で書かれた本がちゃんとした本。それに対して、物語は仮名で書かれました。「仮名」とは「仮」の文字という意味で、つまり、かりそめの文字です。物語というものは、本来そういう文字で書かれた軽い読み物だったのです。それが『源氏物語』の場合は宮廷社会で大評判になって、たくさん書き写されて(当時はまだ印刷はありません)後世に伝わったわけです。それほど評判にならなくて、今日伝わっていない物語もたくさんあったようです。作品は残らず名前だけ残っている物語が結構あるのです。

編集部

そうか~。じゃあ、今のマンガもいずれ古典になるかも、ですね。

今西

なりかけているのもありますね。手塚治虫はもとより、竹宮恵子とか萩尾望都とか。コミックの古典というものが形作られていきます。評判になって多くの人に読み継がれていく、そのことによって作品は古典になっていく。古典は書かれた当初は古典ではない。多くの人に長い間読み継がれ生き延びていくうちに古典になっていくのです。

編集部

極地研の藤井所長がお話くださった中に、「我々は氷を読む」とおっしゃって、明月記に超新星爆発の記述があるけれど、氷床コアの中にその証を見つけたと聞いたとき、すごく新鮮で感動しました。

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今西

そうでしょうね。理系の人が文系に関連した話題に触れるととても新鮮に感じます。文系の人が文系の話をしても新聞は取り上げてくれない。以前、統計数理研究所の先生が取り組んでいた源氏物語の文章の統計学的分析を手伝ったことがあります。それがかなり目立つ新聞記事になった。それは、源氏物語研究者である私がやったからではないのです。源氏とは全く縁がなくて、源氏を読んだこともない、計量分析専門家が源氏をやったというので新聞記事になる。。

編集部

(笑)そんなもんですよ。だからこれから連載ではおもしろく古典を紹介していきましょうよ。たとえば「江戸時代のスイーツ」って題して文献紹介とか。

今西

平安時代にもスイーツらしきものはありますよ。

編集部

へえ! 何食べてたんですか?

今西

よくわからないけど、砂糖はまだないから、アケビなんかが甘みだったのでしょうか。

編集部

アケビ!

今西

干し柿とか。

編集部

アケビや干し柿より江戸時代の方がやっぱりおもしろいかな~。お酒は昔からあったのですか?

今西

まだ濁り酒(どぶろく)でしょうね。
万葉集の有名歌人で、太宰府の長官をしていた大伴旅人(万葉集の編者と考えられている家持の父)には「讃酒歌」という酒を讃える歌があって、「くよくよ考えるよりも、一杯の濁り酒を飲むべきだ」とか、「もっともらしい理屈をこねるより、酒を飲んで酔い泣きする方がましだ」とか、まことにもっともな歌を詠んでいます。

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