少子化を止めるのは、予防医学と予防教育井上レディスクリニック理事長 院長 井上裕子氏
井上レディスクリニック理事長 院長
井上 裕子(いのうえ・ゆうこ)
井上レディスクリニック理事長・院長。地域のかかりつけ医として女性のトータルケアに努める。女性が自分らしく、自分の人生を自分で決めて歩いていくために、QOL( Ouality of Life=質的向上)を具体的に提案し医療の現場からリード、サポートする。立川から婦人科医療を変えようと、ピンクリボンにリボーン(Reborn)をかけて、再生医療の先頭にも立つ。富士見町。
聞き手 清水恵美子(しみず・えみこ)/えくてびあん&多摩てばこネット編集工房
予防医学の現状
編集部
いまクリニックの1階で、初めて乳癌の触診モデルを触りました!
井上
どうでした? 立川の乳癌検診率は10数%台。
編集部
そんなもんなんですか?
井上
いい方なんですよ。東京都は全国で45番目。乳癌の死亡率は全国でトップ。最新の医療をできる施設が沢山あっても、早期発見でないとオッパイも命も失うことも多いんです。いつかは自分の病気と思って検診してほしいです。検診受けてます?
編集部
はい。でも今日は少子化についてうかがいたいんです。
井上
産める施設が減少しているというのは事実です。私が話したいのはふたつ。予防医学と予防教育。
予防医学っていうのは、自分の体を大切にするために、自分の体を知って、不妊予防を意識してほしい。
若い時から髪を染めたり、タバコを吸ったり、ファーストフードばかり食べたり。
編集部
髪を染めるのはいけない?
井上
これから妊娠を望む世代には勧めたくない。化学物質の影響が心配です。 今の赤ちゃんは茶髪です。真っ黒な髪の子が減っている。蒙古斑の子も少ないですよ。
編集部
えっ!
井上
可愛い赤ちゃんは増えた(笑)。でも24年間産婦人科医として命の誕生に立ち合ってきて、何かが変わってきていると感じます。今の若い人たち、これだけ情報の溢れている時代なのに、自分の体を知らないし、大切にしていない。そんな風に感じますね。
マイドクターを持つこと=予防医学の第一歩
編集部
子どもを産む体になる意識がないのかしら?
井上
3人に1人がいわゆる出来ちゃった婚。もちろん無事に産まれた瞬間はみんなで喜びます。でも、親になる心構えが出来ていないカップルもいます。子育ては親育てとも言われます。核家族の環境で、悩むお母さんも多い。そういう世代が親となっていくと次世代が危ない。切ない、悲しいニュースが毎日出ますよね。いじめとか虐待の連鎖は産まれる現場から何とか断ち切りたい。「優しさの連鎖」を伝えたい。
編集部
先生のところに来る患者さんは、みんな幸せな出産を望む人ばかりと思っていました。
井上
そういう方ばかりではないんですよ。私が女性院長でもあるので外来の8割が産科ではなく、不妊症とか月経不順とか婦人科の悩みを抱えた人たちです。
編集部
そうなんですか。
井上
今は「妊娠したら行く」産婦人科ではなくて、女性科、女性診療科という呼び名に変わって来ています。地域のかかりつけ医としての「女性科マイドクター」を持つことを勧めます。女性の一生はホルモンのバランスによって左右される性差医療。人生のかかりつけ医を持つと安心ですね。
編集部
マイドクターで、まずは婦人科定期検診。
井上
産む世代、乳癌世代、子宮筋腫の世代、不妊の世代が重なります。 高年齢出産でない35歳以下でも、乳癌・子宮筋腫の闘病中、不妊で悩む人もいます。身体の病気でなくても、うつやパニック障害のように心の病気もありますね。人間は心身のバランス、調和がとれていて健康と言えます。病気と健康の間に、半病気、半健康という状態の時もあると思う。
編集部
他人事じゃないですね。
子宮がんのこと
井上
小さい時から食育を意識して子どもを大切に育ててほしい。思春期からは自分の体を大切にするために自分の体を知ってほしい。少子化を考えるなら、不妊予防のためにもまず婦人科検診に行ってほしいです。20歳代のウィルスで発症する子宮癌が増加しています。年間8000人発症、2000人以上が亡くなる。いまアメリカでは子宮癌予防のワクチンも市販されています。子宮癌、乳癌などの婦人科癌は早期発見で殆ど治ります。
編集部
中学生くらいから話さないと。
井上
そうですね。立川市では20歳から隔年で子宮癌検診を1000円でやってくれますよ。
編集部
でも、あんまり行きたくないかも……。
井上
この国では健康な女性を増やすことが「国力」でしょ?
編集部
はい。
井上
介護力、出産力。是非ぜひ、女性全員がかかりつけ医で、年齢に応じた有効な婦人科検診を受けてほしいです。日本女性は世界で一番長寿です。誰もが必ずなる病気が老い。残念ながらこの病気はうまく治らない。生きていれば命長き人生いろいろあるので、波乗りみたいにうまく乗り越えていけたらと思いますね。この国は産める施設も、最後を迎える施設もなくなっています。
そして、予防教育……それは命の尊さ
編集部
次は予防教育ですね。
井上
小学校低学年から命の教育をしたい。学校では教えないでしょ。病気にならない体作り、病気に負けない心作り。同じようにグレないよう、加害者にも被害者にもならない子どもの育て方、社会に調和して楽しくいきていける力を持てるような予防教育。
編集部
具体的には?
井上
例えば、私の所の産科外来ではおなかの赤ちゃんを超音波で見せています。上のお子さんはとても新鮮に見ています。生後の赤ちゃんを触らせる。抱っこさせる。兄弟がいない子どもは、赤ちゃんに触れる体験がないので、総合学習などで実際にボランティアママと赤ちゃんに来てもらって、おむつを替えてみるとか。私がやりたいのは「性教育」ではなく「生教育」。赤ちゃんに接すれば、赤ちゃんが泣くのは当たり前、でもかわいいと思う感情だって体験できる。きっといつか自分もママやパパになりたいと思う。そんな感動を持てる授業をすれば、少子化だって改善できる。
編集部
映像や黒板で知るんじゃなくて、実際に。
井上
子どもを育ててみたいなと男の子も思えるような教育を取り入れていけば、本当の意味で男女共同参画の実践です。4歳までにしつけ、14歳までに生きる基本の愛と勇気と正義をいろんな形で教える。命の大切さを教えたいですね。産まれる現場で、切に考えたことなんです。
すごい超音波画像
編集部
それにしても北口のオーロラビジョンの超音波画像。すごいですね! おなかの中であくびしたり、指しゃぶったり。
井上
立体超音波なんです。妊娠10週くらいから新人ママとパパに、赤ちゃんに会って触れ合う絆作り、ボンディングのため検診の度に見せています。私は宗教はないのだけれど、神様っていると思う。赤ちゃんはお空にいっぱいいて、親を選んでやってくる。神様がこの親にいきなさいよって選んでると思う。なぜなら、少しだけ困難を持っている子はみんな、その子を大切にする親に産まれてきています。神様の愛ってあると信じます。
撮影場所:井上レディスクリニック(富士見町)
写真:五来 孝平